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東京高等裁判所 平成5年(ネ)662号 判決

控訴人

右代表者法務大臣

三ケ月章

右指定代理人

芝田俊文

外二名

被控訴人

細川洋子

右訴訟代理人弁護士

住本敏己

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一  当審における控訴人の新たな主張

1  仮に、本件が民事執行法六一条ただし書の同意を必要とせずに一括売却し得る場合であり、本件建物1を売却不動産の対象から除外して本件土地及び本件建物2のみを売却した本件競売手続が民事執行法六一条の解釈を誤った違法なものであるとしても、裁判官の職務行為について国家賠償法一条一項の違法性が問題となるのは、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をするなど付与された権限の趣旨に背いてこれを行使したと認められるような特別の事情がある場合に限られるところ、本件においては右特別の事情の主張・立証はないから、国家賠償法一条一項の違法性は問題にならない。

2  また、仮に本件競売手続が民事執行法六一条の解釈を誤った違法なものであるとしても、右誤りに対しては執行法上の手続による救済を求めることが可能であるから、裁判所みずからその誤りを是正すべき特別の事情がない本件においては、被控訴人が右救済を求めることをみずから怠った以上、損害が発生したとしても、その賠償を国に対して請求することはできない。

3  仮に、右1、2が理由がないとしても、被控訴人は平成元年一一月六日本件建物1を代物弁済により株式会社第一日の丸観光に譲渡し、同月一三日所有権移転登記手続を経由しており、本件建物1が収去された平成四年一〇月二八日の時点では既にその所有権を失っていたから、被控訴人には建物収去による損害は発生していない。

二  被控訴人の反論

控訴人の当審における新たな主張はいずれも争う。

右主張2については、本件においては執行法上の救済手続は存在しないから理由がなく、右主張3については、損害は昭和六三年一〇月六日本件建物2及び本件土地の売却許可決定のなされた時点で既に発生しており、本件建物1の収去の時点で発生したものではない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

被控訴人は、本件建物1を除外して本件建物2及び両者の敷地である本件土地を一括して売却するときは、本件建物1は本件土地に対する敷地利用権を失い買受人に対し収去義務を負い、本件建物1は経済的価値を有しないものとなるから、このような場合には、一括売却が超過売却となるとしても、民事執行法六一条ただし書にかかわらず、所有者の同意なしに一括売却するべきであり、これをしなかった担当裁判官に故意・過失があると主張する。

しかしながら、当裁判所は、当審における当事者双方の主張・立証をも斟酌し、更に審究するに、右一括売却をしなかった本件担当裁判官には国家賠償法上故意・過失はなく、被控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。

民事執行法六一条によれば、執行裁判所は、その裁量により、利用上の牽連性のある数個の不動産を一括して売却することができるが(本文)、それが超過売却となる場合には債務者(所有者)の同意を得なければならないこととされている(ただし書)。本件においては、執行裁判所は右条項に基づき本件建物1の一括売却につき債務者(所有者)である被控訴人に対し同意するか否か意見を求め、右同意がないため本件建物1を売却対象物件から除外したことが明らかである(請求原因1の事実及び控訴人の主張(二)の事実が認められることについては、原判決理由一に記載のとおりである。)。

まず、本件建物1及び2は、昭和五九年一月一日当時既に本件土地の上に存在した区分所有建物であるが、区分所有建物と敷地利用権の分離処分を禁止している建物の区分所有等に関する法律(以下、「建物区分所有法」という。)二二条一項、三項は、同法附則五条、昭和六三年政令三三四号により、昭和六三年一二月二八日以前に売却許可決定のなされた本件土地建物には適用がないから、前示本件売却が同法に違反しないことは、原判決理由二2(同八丁表八行目から同九丁表三行目まで)に説示のとおりであるから、これを引用する。しかも、建物区分所有法二二条の適用のない区分所有建物については、その敷地のみが競売、競落された場合に右区分所有建物に法定地上権が成立するか否かについては見解が対立し、確立した法解釈が存在していないので、本件建物1が一括売却から除外されたことにより当然に敷地利用権を失ったことになるのか否かは執行裁判所としては、一義的に明確ではなかったといわなければならない。

そうとすると、本件担当裁判官において、被控訴人が本件建物1の収去義務を負うことを知りながら、あえて同建物を一括売却から除外したとはいえないから、同裁判官の故意の存在を認めるに足りない。

そして、過失の点については、そもそも、一定の法律上の問題点につき、異なる見解が対立して疑義を生じ、拠るべき明確な判例がなく、そのいずれについても、相応の論拠が認められる場合には、裁判官がそのうちのある見解を採用したとしても、それは裁判官の職務権限の裁量の範囲内に属する行為であって、その採用した見解が上級審で採用されなかったからといって、直ちに裁判官の右判断に過失があるとはいえないし、また、国家賠償法上違法な行為となるものでもないと解すべきである。本件においては、前述のとおり、区分所有建物を敷地である土地との一括売却から除外した場合に法定地上権が成立するか否かについては見解が対立しているうえ、民事執行法六一条ただし書の例外をどの範囲で認めるかについては明文がなく、解釈に委ねられていることに照らすと、仮に、執行担当裁判官が債務者(所有者)の同意なしに本件建物1を含めて一括売却した場合には、反対の解釈論の立場からその違法性を主張される可能性もあるから、本件執行担当裁判官が本件建物1を一括売却するには債務者(所有者)の同意が必要であるとした判断が裁判官としての裁量権限を逸脱し、注意義務に違反したものであるとはいえない。

以上のとおり、本件執行担当裁判官の故意・過失及び国家賠償法上の違法性を認めることはできないから、被控訴人の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないというべきである。

よって、これに反する原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩佐善巳 裁判官稲田輝明 裁判官南敏文)

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